2022年の読書記録

毎年12月はベストアルバムのブログを書いていたのだけど、今年は文章を書けるほど曲を聴いておらずレコードもほとんど買っていない…泣

なので代わりに、2022年に読んで印象に残った本について書こうと思います。

 

2022年は実家を出て人と暮らし始めたけれど、同居人と生活リズムが合わずひとりで過ごす時間が多かったので読書が捗った一年でした。

新しい家のすぐそばに図書館があったのも理由のひとつ。

 

『教育』遠野遥

遠野遥は芥川賞受賞作の『破局』を読んで大好きになった作家です。

遠野遥の文章、今まで読んだことのない不思議な文体で一瞬で虜になりました。難しい表現やレトリックはほとんどなく、実に淡々とした語り口調なのに、とても没入感がある。その反面、どこか居心地の悪さや違和感のようなものも感じます。

今までは第一作、第二作共に大学(作者の母校である慶應大学)が舞台で現実と地続きな物語であったのに対し、今回は超能力を学ぶ寄宿学校が舞台となっていて、今までとは違う設定にわくわくしながら読み進めました。

彼の作品は共通して性が大きなテーマになっていると思うのだけど、今作の学校には「1日3回以上オーガズムに達すると成績が上がりやすい」という奇妙な教育方針があります。

理不尽なルールに縛られ、翻弄される主人公が段々と暴走していく様子が見事でした。

夢の中の話や、劇の内容、催眠術中の妄想など、物語の中に小さな物語がいくつも散りばめられていて、読み手が置いてきぼりにされるような、世界線が曖昧になる感覚も面白かったです。

最新作がもう発表されていて、まだ読んでないから早く読みたいな

 

『遠い指先が触れて』島口大樹

この作品は文学系YouTuberの方が紹介しているのを観て気になって読みました。

同じ児童養護施設で育った2人が、何者かによって奪われた記憶を取り戻しに行く物語。

一文の中で「僕」と「私」という主語が激しく入れ替わる表現に最初は戸惑ったけれど、読み進めるうちに、二人の境界が曖昧になる感覚や、失いかけた記憶の不透明さが主語の転換によって際立っているのが分かり感動しました。

句読点の使い方も独特で、なんだかコマ送りの映像を眺めているかのような気分になる文章です。作中に2人がゴダールの『女は女である』を鑑賞するシーンがあってきっと作者は映画好きだと思うのだけど、それゆえ映画的な、ショットの連続のような文章を意識しているのかな?なんて勝手に考えたり。

美しい言葉や独創的な比喩表現に溢れた、とても甘美なストーリーです。そこまで長くないので飽きずに読めます。

 

『ほんのこども』町屋良平

好きなアーティストのイラストが装丁になっているのと、帯の「やさしく恋するみたいに他の人体を壊す」という一文に惹かれ軽い気持ちで手に取ったら、今年一番衝撃を受けた小説でした。

「わたし(町屋良平)の文章は、小学校の同級生であるあべくんの文体に自ら寄せて模倣したものである」という作者の告白から始まる私小説風の作品です。

文中ではあべくんと作者をどちらも「かれ」と呼ぶことで、作者があべくんの文体だけでなくあべくん自身を取り込んでいくかのような様子を表しているのか、あるいは作者が「わたし」から離れてアイデンティティを失っている様子を表しているのか、と読者の混乱を誘います

さらに「小説」という概念が時折「かれ」に語りかけてくることもあり、文筆家としての苦悩、「かくこと」と「かかれること」についての葛藤が描かれます。

後半からはあべくんが陶酔していたとある作家の作品に描かれるホロコーストの描写も差し込まれていて、ある意味暴力的とも感じ取れる、かなり難解で読みにくい作品です。(ヘビーなため実はあと数ページ残してしまっている…)これは凄いものを読んでしまったと、頭がぐらつくような衝撃でした。

タイトルも「本のこども」、「ほんのこども」、「ほん(とう)のこども」と意味が何重にも取れて秀逸だなと思いました。

 

『受賞第一作』佐川恭一

受賞第一作 (破滅派)

受賞第一作 (破滅派)

Amazon

佐川恭一の小説はkindle untitledで読めるものが多く、最初にこの作品を読んでみました。

最初の印象は「Twitter文学みたい…」というものでした。大学受験や就職活動での挫折や異性からモテないという劣等感を軸に物語が展開する様子がよく似ていると感じました。

佐川恭一の方がエンタメ性が強くて、笑える言い回しも多く最後まで気楽に読めます。本の紹介文に「未完の小説」と書いてあり、作者はまだ存命なのにどういうこと…?と思ったら、読んでも読んでも読点(。)が一向に現れず、そのまま最後のページまで突っ走ってしまいます。

調べていたらTwitter文学で有名な作家と佐川恭一の対談を発見。

学歴にこだわり続ける敗北者たちの声を書きたい【京大卒・佐川恭一×慶應卒・麻布競馬場 学歴対談】 | 特集 | よみタイ

佐川恭一の代表作『サークルクラッシャー麻紀』もこの後に読んだのだけど、こちらは更にふざけた小説でちょっと苦手でした…。笑

 

『個人的な三ヶ月』植本一子

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わたしが一番好きな本屋、京都の恵文社で購入した植本一子の日記。京都に行くと必ず恵文社に寄って本を買うというルーティーンがあります。

写真家、文筆家として活躍する植本一子による、コロナ禍(2021年1月〜3月)に描かれた三ヶ月間の日記です。 

丁度コロナが流行り出した時期に彼女の『かなわない』という日記を読み、あまりにも赤裸々な、リアリティのある文章に驚きました。

今作でも家族やパートナーとの生活について、ありのままに記されています。

ふたりの子どもやパートナーとの関係性に悩む作者の胸の内を読み、結婚とは?家族とは?という問いについてしばらく考え込んでしまいました。

 

今までは好きな作家の本ばかり読むことが多かったけれど、今年は色んなジャンルの本を読むことが出来て良かったなと思います。

2023年も素敵な本に出会えますように。

Feb 26

戦争が起きている今の世界と、普段と変わらない日常を生きているわたしの周りの世界とがあまりにちぐはぐで、その温度差にくらくらする

出来ることなら仕事なんて放棄して、ただずっと祈り続けていたい。

良くないと分かっているのにSNSで悲惨な映像を見るのをやめられなくて、夜はなかなか寝付けない

心のざわつきを掻き消すかのように、起きている間はいつもに増して大音量で音楽を聴く。

 

はじめてちゃんと聴いたbetcover!!の曲が衝撃的だった。


www.youtube.com

妖しくて甘美なメロディと脳裏に焼き付くような声 この音楽に合わせてずっと揺れていたい

この曲のMVは私が気になっていた映画監督の方が撮っていて、映像もお気に入り。時折絵画のようなシーンがあってとても美しい。

betcover!!を聴いたきっかけは、帰り道に毎日通るLIQUIDROOMである日ライブをしていて、ボーカルの方が大きく写ったポスターが印象的だったので。

関係ないけれどLIQUIDROOMの手前にペットショップがあって、そこにいるイグアナが眠っている姿を見るのが日課になっている。

今日もイグアナはすやすやと眠っていて、なんだかすごく安心したのだった。

 

わたしも世界のみんなも早く安心して眠れる日が来ますように

 

2021年ベストアルバム10選

毎年書き続けているベストアルバムのブログ 今年は気づいたら年末になっていて急いで書いたので、割とあっさりとした文章になってしまいましたが良かったら読んでみて下さい✴︎

 

In Praise Of Shadows-Puma Blue

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サウス・ロンドン出身、Jacob Allenのプロジェクト・Puma Blueのデビューアルバム。1曲目の「Sweet Dreams」を聴いた時、彼のウィスパーな歌声が気に入りすぐにレコードを買いに行きました。寝つけない深夜によく聴いていたアルバム。Puma Blueがこの作品に寄せたコメントが、このアルバムを最もよく表していると思ったのでそのまま記します。

「光と闇のバランス。癒しや受け入れる必要がある痛みこそが、あなたをより良いところへと連れて行ってくれる。これは闇の中で光を見つけることだ。それこそが今日、僕をここに導いてくれた」

Before Sunrise-Nana Yamato

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大和那南は私が好きなレコードショップ・BIG LOVE RECORDSで働いているスタッフ兼大学生。日本語と英語を織り交ぜたシンプルな歌詞、欧米インディー・ロックを感じさせながらもどこか哀愁漂う懐かしいメロディ、彼女にしか出来ない音楽だなぁと感動したアルバムです。

前にレコードを買いに行った時、レジに持っていったら私もこれ好きって言ってくれたのが嬉しくてよく覚えてる。 

 

For the first time-Black Country, New Road

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ロンドンを拠点に活動する7人組バンド、Black Country, New Roadの1stアルバム。初めて聴いた時、今まで聞いたことのないような混沌とした音楽に衝撃を受けました。一体どうやって曲が成り立っているのか、何度聴いてもよく分からないのだけど、聴き終わると別世界に連れて行かれたような感覚になります。張り詰めた緊張感と、彼らの熱意と、変化し続ける演奏、格好良くて痺れるアルバム!

 

In a Deep and Dreamless Sleep-Mint Julep

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Goldmundで活躍するKeith Kenniffとそのパートナー、Hollie Kenniffによるシューゲイズ・ポップユニット。透明感のある歌声と、煌めくようなサウンドが印象的な、多幸感に溢れた作品です。このアートワークも曲の世界観とぴったり。Keith曰く「Mint Julepはデートを重ねるようなもの」だそうで、聴くだけでロマンティックで夢見心地な気分に浸れます… なかにはGoldmundの楽曲で見られるような少しダークな雰囲気の曲もあって、アルバムの構成からもセンスを感じます。

 

New Long Leg-Dry Cleaning

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サウス・ロンドンを拠点とするDry Cleaningのデビュー・アルバム。彼らの楽曲は、歪んだギターの音の上に詩の朗読のようなボーカルの語りが重なっていて、とても斬新なスタイル。ボーカルの声のトーンが、耳馴染みが良く聴いていて落ち着きます。

ふつふつと湧き上がるようなテンションの上がり方が超クール…底抜けに明るい訳ではないけれど、聴くとエネルギーが出てくるような作品。

 

Blight Green Field-Squid

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ブライトン出身の5人組バンド、Squid。以前出したEPが好きで、待望のアルバムが出ました!今回もめちゃくちゃ好みな仕上がりでした…初期衝動、反骨精神、大胆さ、彼らの気合いがひしひしと感じられる情熱的なアルバム。音楽も前回からより変化して、試行錯誤を重ねた実験的なサウンドが印象的。

 

CINEMA-The Marias

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プエルトリコ出身のリードボーカル Maria Zardoya 率いる、LAのサイケデリック・ネオソウル・グループ The Maríasのデビューアルバム。彼らの作り出す楽曲の、気怠さの虜になりました。タイトルの『CINEMA』の通り、映画を見ているかのような情感たっぷりな、ドリーミーな作品に仕上がっています。特にスペイン語の歌詞が彼女の歌声とぴったり合っていて魅力的。

 

Mirror Ⅱ-The Goon Sax

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オーストラリアのインディーポップトリオ、The Goon Sax。弾むようなシンセの音と、交代で歌う男女ボーカルが特徴的な曲たちは、少し垢抜けないような、青さや懐かしさを感じるけれど、確実に今のインディーポップを鳴らしているなぁという実感があります。

 

Before l Die-Park Hye Jin

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今年かなりの頻度で聴いていた、韓国出身박혜진(パク・ヘジン)のデビューアルバム。テンポの良いハウスやダンス・ミュージックと、あまり抑揚のないロートーンボイスのバランスが絶妙。歌詞は自身の内面描写や、直接的な表現が多く、エモーショナルな気分にさせられます。どんな時に聴いても心地良い、心に寄り添うようなアルバムで、ヘビーローテーションしていました。

 

Valentine-Snail Mail

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Snail Mail、約3年振りのアルバムが出ました。前回のアルバムがお気に入りだったので今回もワクワクして待っていたのですが、かなり進化していて素晴らしかったです…!感情を揺さぶるようなボーカルはそのまま、曲の展開のバリエーションが増え、さらに豊かに、リアリティのある音楽へと変化しています。聴いているだけで胸がいっぱいになる、魅力たっぷりな彼女の歌声が大好きです。

 

以上、今年のベストアルバム10選でした。今年も音楽にたくさん救われた一年だったなぁ。2022年もどんな素晴らしい音楽に出逢えるか、今から楽しみです!

秋に聴きたい音楽(邦楽編)

(秋に聴きたい音楽のつもりが、気づいたらもうすっかり冬になっていました… 記録として残しておきます)

 

普段は洋楽を聴くことが多いのだけど、涼しくなってくると日本の音楽が恋しくなります。秋に合うなと思って最近よく聴いている5枚について書きました。

 

二枚目-すばらしか

f:id:naminoutatane:20211015000246j:image毎年、肌寒くなってくると必ず聴きたくなるすばらしかのこのアルバム。

初めて聴いた時、なんて格好良くて芯の通った音楽なんだろう!と感動した覚えがあります。アルバムの最初の一曲は "今俺は音楽しかしたくない"というひと声から始まるのだけど、その言葉の通り あぁ彼らは本当に音楽が大好きでたまらないのだな、という気概が曲から伝わってきます。

「悲しみなんてしょせん」という曲がお気に入り。歌詞が好き。すばらしかの曲はどれも歌詞にロマンがあって素敵です。

悲しみなんてしょせん 一瞬のことだろう
君は知らない街で 僕を知らない誰かになる
殺気をまとった言葉が 君を傷つける

そんなとき君の涙が 街に降りつける
雨になるなら 傘も差さずに濡れたいんだ

ザラザラとした質感のボーカルとギターの旋律がこれからの季節によく合いそう。マフラーぐるぐる巻いて歩きながら聴きたくなります。メンバーの方が御茶ノ水にジャズ喫茶をオープンしたらしいので是非行ってみたい…。

 

森の向う側-工藤将也

f:id:naminoutatane:20211015000252j:image ちょうど昨年のこの時期、例によって邦楽が聴きたくなって色々と探している中で巡り合ったのが工藤将也でした。彼ののびやかな声の虜になって夢中で曲を聴き漁りました。柔らかいけれど強さのある、不思議な魅力のある声。

2ndアルバムの『森の向う側』は、ジャケットのイラストのように、じめっとした森の中にいるような、怪しくて掴みどころのない雰囲気もあれば、こころに寄り添うような穏やかさも感じる不思議なアルバム。

その中でも「涼しい砂漠」は、ずっと聴いてたいなぁと思うような心地良いイントロから、彼の声が重なってサビに向かって引き込まれていく、一連の流れが素晴らしい…。新しいアルバムも準備中らしいのでとっても楽しみです。 

 

Moving Days-Homecomings

f:id:naminoutatane:20211015000312j:image京都が大好きでよく行くのだけど、とりわけ秋は京都に恋焦がれる季節です。涼しい夕方に川沿いを散歩したり、紅葉を見たり、喫茶店でお茶をしたり… そして京都といえばHomecomings。

京都を拠点に活動しているバンドでしたが、なんと21年から拠点を東京に移したそうで、今年出たアルバムが良かったです。今までとは違った雰囲気の曲も多くて新鮮でした。もちろん「Here」のようなHomecomingsらしい曲もあり。切なくてあたたかい、優しさで溢れたメロディに救われます。


www.youtube.com

 

みらべる-ayU tokiO/SaToA

f:id:naminoutatane:20211015000323j:imageレコードを買ったけど封を開けてないまましばらく経って、こないだようやく聴いたらとっても良かった、ayU tokiOとSaToAの2組によるスプリットアルバム。

SaToAは女子スリーピースバンドで、三人の雰囲気や声色はとても穏やかなのだけど、曲からはキリッとした冷たさも感じます。その冷たさがこの肌寒い気温とマッチしていると思う理由なのかなぁ。

ayU tokiOの曲は初めて聴いたけど、夕方に部屋で聴くのにぴったりな音楽で癒されました。そういえば、最近出たパソコン音楽クラブのアルバムにayU tokiOとの共作があって、そちらもとても良かったです。聴いていて落ち着く声。

 

心理-折坂悠太

f:id:naminoutatane:20211015000332j:image折坂悠太の新作が出ました。この間観た映画の予告に宣伝ムービーが出てきて、気になってすぐに帰り道で聴いたアルバム。

折坂悠太の音楽はとても味わい深いのだけど、自分はその味わい深さから郷愁や古い記憶のようなものを感じ取りすぎて、日常で何度も繰り返し聴くような音楽ではないと思っていました。でもこのアルバムは、今までのような味わい深さと共に、どこか不穏な、聴いていてハッとするような瞬間があってとても気に入りました。不穏だけど身体にすっと馴染む音楽。実はこの間ライブにも行ってきたのですが、素晴らしかったです…。

 

コロナで季節の境目が曖昧になってしまった分、最近は音楽から季節を感じることが多くなったような気がします。

冬は何を聴いて過ごそうかな。

ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』

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ミランダ・ジュライアメリカ生まれの映画監督で、わたしは彼女の『ザ・フューチャー』という映画が大好きだ。

この映画の登場人物は皆へんてこで寂しくて不安定で、そして愛おしい。彼女の小説集『いちばんここに似合う人』に出てくる登場人物も、映画と同じく一風変わっていて、不器用な人ばかりである。

 

彼女ら/彼らは、オリジナルのへんてこな妄想を大いに膨らませ、それを現実の行動に移すことさえある。「水泳チーム」の主人公は水を張った洗面桶で老人たちに水泳を教え、「マジェスティ」では中年女性が英国皇太子は自分に恋をしていると思い込んで奇行に走る。

また、主人公たちはひねくれた自我を持ち、爆発するかしないかの瀬戸際でぎりぎり形を保っているように見える。彼女ら/彼らは常に満たされない思いを抱え、他人とのつながりを求めているが、きちんと報われることは少ない。

みんなこの世界で自分は一人ぼっちで、自分以外は全員がすごく愛し合っているような気がしているけど、でもそうじゃない。本当はみんな、お互いのことなんか大して好きじゃないのだ。

という台詞にはそれがよく現れている。

わたしがこうした主人公に愛おしさを感じずにはいられないのは、“彼女ら/彼ら”に“わたし”の一部を見い出すことができるからだろう。主人公たちの妄想や自我は、わたしが普段ふたをしているような気持ちを思い起こさせ、まるで昔の自分を見ているように気恥ずかしく、懐かしい気分にさせられる。

だからこそ、その主人公が自分の、そして他人の呪縛から解かれ自由になる瞬間、わたしはまるで自分のことのように嬉しくなる。ありのままの自分でよいのだと、元気付けられる。

 

 さらに、この作品は「不在」の物語でもある。

架空の女性との恋に落ちたり、いなくなってしまったパートナーに想いを馳せたりと、見えない何かやもうここにはいない誰かの存在を巡るストーリーが多くある。

この作品を読むと、何かがない・誰かがいないという不在によって、むしろその存在を確かに感じるということに気づかされる。

会えないということの中に、逆にはっきりとした彼女を感じるようになった。

という一節には、その通りだと大きく頷きたくなった。

 

わたしが最も好きな「2003年のメイク・ラブ」は、この小説集の中でもとりわけ寂しく、美しい作品だ。

この作品では、主人公が実体のない“黒い影”と触れ合い、会話をし、恋に落ちる。主人公はこの黒い影に実際に触れたり、目に見えるわけではないのだが、〈彼の目とわたしの目は手と手のようにしっかりと結びついていた〉など、その描写からは二人の情景がありありと浮かび、一方の実体はないのにもかかわらず非常にリアルである。

のちに特殊な関係に嫌気がさした主人公を見て、黒い影が泣いた時の

実体のないものは、人間には真似のできない、信じられないくらい悲しげな泣き方をするのだとそのとき知った

という、とびきり悲しげで美しい台詞が印象的で頭から離れない。

 

 この小説はどこまでも孤独で、寂しさを突きつけるようなひりひりとした痛みがあるが、読み終える頃には不思議と優しい気持ちになっている。

それは『いちばんここに似合う人』というタイトルからも分かるように、どんなに孤独な人にでも必ず居場所があり、居場所がないと感じる人はその場所を見つける通過点にいるだけなのだと、物語全体が語りかけているからであろう。

そして孤独な人にこそ分かる痛みがあり、その分人を好きになれたり、気にかけることができる。

 

これから寂しさを感じた時には、きっとこの本のことを思い出す。そしてありのままの自分を受け止めてくれるどこかを想って、その日はいつもより優しく生きてみようと思う。

Feb 7

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なんて事ないただの日記と少し映画の話

 

休みの日のお昼過ぎくらい、恋人とお別れした帰り道で 残りの時間は何をしようかなと考える時間がとても好き。いちばん自由を感じる時間かもしれない。

今日は帰宅したのち1時間ほど休んで(やっぱり自分のベッドが一番落ち着く、他人の家で寝た後は余計に)渋谷のTSUTAYAまで散歩がてらDVDを借りに行って、買っておいたチョコレートと一緒にトリュフォーを観た。

夜霧の恋人たち』、なんて美しいタイトル。トリュフォーをよく観るようになって、自分はあまりゴダールの映画が好きじゃないということに気づいてしまった。

最近観たい映画はどれもレンタル対象外で、現物を買うかどうか迷って結局観れていない作品が山ほどある。誰かアサイヤスのDVDを持っていたらぜひ貸して欲しい

 

こないだデヴィッド・クローネンバーグの『クラッシュ』を劇場で観てきた。興味本位で観に行ったのだけど、観た後もなかなか頭から離れず、ぼんやりとこの映画のことを考え続けている。街中で車や工事現場を見るとどきっとしてしまう。

高級車のディーラーをしていた父の友人が、車体のなめらかな流線形のフォルムや革のシートには色気があると言っていたのをふと思い出した。たしかにその通りだと思う。

 

お母さんとまた一緒に暮らし始めて一ヶ月ほど経ち、落ち着ける場所がないと感じることが多くなって苦しい。穏やかでいられるのはそれこそ自分のベッドの上とお風呂の浴槽くらいだなぁ。彼の新居でもそわそわして夜中に何度も起きてしまった。

 

HSPに拍車がかかってきたので、友人や知り合いのソーシャルメディアを観るのをなるべく控えるようにした。自分の今の性格上、知らない人の生活を覗き見するくらいが丁度よい。

 

 

 

 

Jan 9

f:id:naminoutatane:20210109101845j:image(Pandora by Odilon Redon)

 

毎朝、見知らぬどこかの誰かが作ったプレイリストを聴きながら出勤するのが好きだ。他人の頭の中を覗いているような、毎日違う誰かになりすましたような気分で歩くことができるから。

2年前の誕生日から、わたしの目標は自分を大切に、愛せるようになることだったのに、その目標は未だにほど遠い。

駄目だとわかっているのに 最近は他人の生活と自身のそれを比べて勝手に落ち込むことが多くて、しばらくソーシャルメディアから離れたほうが良いのかとぼんやり考える。

携帯電話の向こう側の人たちの持ち物や生き方を羨むより、好きな映画の主人公やコレクションルックを参考にした方がきっと良いのだろう。良いとわかっているのに、やめられない

 

三菱一号館美術館にて、ルドンを鑑賞した。もう幾度もルドンの作品を見ているのに、見るたびに鳥肌が立つ。こういう純粋な感覚だけを感じていられたらどんなに幸せだろう。