明日から社会人になるけれど、今の社会はめちゃくちゃで混沌としていて不安ばかりがつのる 、今日もなかなか寝付けない。
心がざわついている時は言霊の力をいつもより強く感じる。
最後にお出かけした日に、三島由紀夫と東大全共闘についての映画を観た。
こんな時なのに映画館はほぼ満員だった。
映画では彼らの討論が繰り広げられて、スクリーンからその熱気が溢れ出ているかのような異様な雰囲気を感じた。彼らの言葉は難解だけれど、その美しい日本語のひとつひとつに、尊敬と意地と熱量が込められ、わたしは言霊の力を確かに感じたのでした。
こないだの土日、家の掃除をしていたらノートが出てきて、見てみたらそれは昔わたしが好きな言葉を書き連ねていたメモ帳だった。
読み返すとその言葉たちはわたしにぴったりと寄り添ってくれて、とても救われたような気がしました。久しぶりに心の静けさを思い出した瞬間。
その中のいくつかを残しておこうかな
すべてのものは透明になるというのなら、ダイヤになったあなたを、通りすがりの取るに足らない、知らない誰かにあげてしまいたかった。あなたを誰かにあげたかったあなたを誰かのものにしてあげたかった。(『モーニング』)
あなたにわからない言葉で私 毎晩うたっている うたっている うたっている(…)ブルーグラスのような目で ゆるして さげすんでいて あなたにわからない 戦わないあなたにはなにもかもわからない 遠くからただ見ているその目がゆるくまばたきをする それが嬉しいんです 私(『私を戦わせて』)
どうしようと思った時にはいつもどうしようもなく、足りないと思うということはかつて満ち足りていたものがあったという証左にほかならないのだが、いつも不在だけがその人の輪郭をかたどるように、今私が手にしているものなど何もない。(『おとぎ話みたい』)